仏、釈尊は「法華経」 をお説きになるまでの四十余年間に方便の諸経を説かれた。 釈尊は衆生の能力に不同があることを知っておられたので、さまざまな喩や方便をもって説かれたのであった。妙法蓮華経の第十三章 勧持品をご説明します![]()

僭聖増上慢が最も悪い敵です。
何と専門家の僧のなかでも社会的信用がある高僧が ...........
〇 忍耐の功徳
この三種の強敵のなかでいちばん始末に困り、もっとも悪い敵は、第三の僭聖増上慢(せんしょうぞうじょうまん)の人であり、経文はつづいてこの害を明らかにする。
僭聖増上慢の人は、物欲、権勢欲、名誉欲が異常に強いので、大衆のなかに「法華経」 を説き弘める人々の悪口を言う。
「法華経」 の教えは、仏の本当の教えではなく外道(げどう)の教えであると言い、また、「法華経」 は仏の教えではなく勝手に俗人が作り出したお経にすぎないもので、世間の人々を迷わすものであると非難する。
三種の増上慢、つまりひとりよがりの人々には在家(ざいけ)の人に一種類、出家の僧侶に二種類あるが、いちばん害が大きいのは、第三の専門家の僧のなかでも社会的な信用があり、清僧、高僧といわれる人の非難と迫害である。
清僧、高僧とよくいわれる人は社会的な地位があるため、自分の名誉を保っていかなければならないから、このような人が「法華経」 の教えを非難すると、社会的な影響が大きいことになる。だから第三の害がもっとも大きいというのである。
このようなさまざまな迫害を受けた場合、「法華経」 の行者(ぎょうじゃ)はどのようにしたらよいか。仏を敬信している「法華経」 の行者は、これらの迫害に対して耐え忍ばなければならない。
「法華経」 の教えを信じる人は、このお経の所説が本当の仏説であることを確信し、これを説かれた仏に対して無限の尊敬の念をもっている。
さらに仏の言われるように、このお経によって修行すれば、必ず成仏できることを確信する。この気持ちがあるからこそ、どんな迫害を受けても耐え忍ぶことができるようになる。
「法華経」 では、どんな人でも、竜王も子でも、男ばかりか女の人でも、さらには、提婆達多(だいばだった)のような悪人でも必ず成仏できると説いているが、「法華経」 を誹謗(ひぼう)する人たちは「お前たちはみな仏だ、何とえらいことだ」 と言って嘲笑する。これは決して賞讃した言葉ではない。
馬鹿にした言葉なのである。人を軽んじ侮辱する言葉なのである。こういう言葉を受けたときには、「忍んで此(こ)れを受(う)くべし」 とあるように、じっと忍んでゆく。決して怒ってはならない。表面ばかりでなく腹の中でも怒ってはならない。人を軽蔑するような人間をあわれむ心をもつべきである。
末法悪世の世の中には、さまざまに恐ろしいことが起こる。人の心を脅かす悪魔が跳梁(ちょうりょう)する。「法華経」 の教えを弘める人の悪口を言ったり、からかったりする人の心の中には、悪魔が入りこんだのである。悪口を言うその人が悪いのではない。
悪魔がその人の中に入って悪口を言わせているのである。自分の悪口を言い、自分を誹謗しているのは、相手の人ではなく悪魔なのであると思えば、怒ることなく耐え忍ぶことができるはずである。「まさに忍辱(にんにく)の鎧(よろい)を著(き)るべし」 とは、このことを意味する。
追記、 お釈迦さまは法華経の中に、説かれています。法華経にたどり着くというのは、困難中の困難だと
そして、お釈迦さま曰く、‘人の心を動かすのは、エベレストを動かすより難しい’と。 ![]()
法華経の入手の仕方や方法は
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